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東京地方裁判所 平成10年(ワ)14796号 判決

神奈川県横浜市中区長者町九丁目一七〇番地

原告

株式会社オージーコーポレーション

右代表者代表取締役

高橋常二郎

右訴訟代理人弁護士

武藤功

高芝重徳

渡邊淳子

小林哲也

花田勝彦

秋田県秋田市泉字銀ノ町一八八番地の三

被告

株式会社秋田技術研究所

右代表者代表取締役

小笠原彬作

右訴訟代理人弁護士

上村正二

石葉泰久

石川秀樹

松村武

主文

一  原告が、別紙特許出願権目録一及び二記載の特許を受ける権利を有することを確認する。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

主文同旨

第二  事案の概要

本件は、原告、被告間の代物弁済契約に基づき、原告が被告に対し、原告が別紙特許出願権目録一及び二記載の特許を受ける権利(以下「本件特許を受ける権利」という。)を有することの確認を求めた事件である。

一  前提となる事実(証拠を示した事実以外は、当事者間に争いがない。)

1  被告は、平成五年ころから、水中ポンプを利用しない温泉汲み上げ装置(以下「TPS装置」という。)の開発に着手し、平成七年にはTPS装置に関する発明につき、特許出願していた。原告は、被告がTPS装置の開発を行っていることを知り、平成八年七月ころから、TPS装置の営業、販売を行いたいと考え、被告と交渉していた。(甲一四、乙一)

2  原告は、平成八年一〇月九日、被告代表者個人宛に一〇〇〇万円、同月二三日、被告宛に八二五万円、平成九年二月二八日、被告宛に二〇〇万円を振り込んだ。(甲三ないし五、一四)

3  原告と被告とは、同年三月一日、被告が特許出願中であるTPS装置とそれに附帯する設備について、原告が、九州と北海道を除く地域を対象に、営業、販売、施工、アフターサービスを行う旨合意した(以下、右原告の業務を「TPS業務」という。)。さらに、同日、原告と被告とは、原告が振り込んだ前記金員合計二〇二五万円が、右合意における原告のTPS業務の保証金として原告が被告に預けた金員であることを確認し、右保証金の返還に関しては、原告のTPS業務に伴う被告の売上がなされたときは、被告は、その純利益の五パーセントに相当する金額を原告に返還していき、TPS業務の解約があったときは、被告は、右保証金額から、それまでに返還した額を差し引いた残余金額を、解約の日から六〇日以内に、原告に返還する旨の内容の覚書を作成した。(甲五、六、乙一)

4  その後も同年六月から同年八月にかけて、原告は被告宛に、一一回、合計三九〇万円を振り込み、原告と被告及び被告代表者は、前記金員もあわせた合計二四一五万円が被告の原告からの借入金であることを確認し、かつ、被告代表者個人が右借入金の保証人となる旨の金銭借用証書を作成した。(甲七)

5  原告と被告とは、同年九月一日、TPS装置の普及促進のため、相互に協力して業務を展開することとし、被告は、TPS装置の技術の開発に努め、原告はTPS装置の販売促進に努め、同装置の施工及びアフターサービスに責任をもって従事すること等を内容とした継続的技術提携契約を締結した。(甲八)

6  さらに、同年九月から同年一一月にかけて、原告は、被告宛に、一一回、合計一七七万円を振り込み、それぞれにつき、原告と被告及び被告代表者は、各金員が被告の原告からの借入金であることを確認すると共に、被告代表者個人が各借入金を保証する旨の金銭借用証書を作成した。(甲九の一ないし一一)

7  その後平成一〇年二月二四日、原告と被告は、右継続的技術提携契約を平成一〇年一月一二日をもって解約し、被告は、平成八年一〇月以降、原告から借受けた借入金元利合計二八六五万七一二一円を平成一〇年四月末日限り返済することとし、被告が右支払を怠ったときは、同年五月一日付で、本件特許を受ける権利をもって代物弁済する旨の合意(以下「本件代物弁済契約」という。)をした。(甲一〇、一一の一ないし三)

同年四月末日経過後も、被告は右金員を支払わなかったため、原告は、被告に対し、平成一〇年五月一三日付内容証明郵便で、本件特許を受ける権利の移転に必要な協力をするよう要請して、予約完結の意思表示をなし、右内容証明郵便は、同月一五日に被告に到達した。(甲一二の一及び二)

二  争点

本件代物弁済契約は、錯誤により無効か。

(被告の主張)

原告と被告とは、平成八年九月ころ、TPS装置の販売代理店契約を締結し、被告が、原告が新たに設立する会社に対し、北海道を除く日本国内でのTPS装置の販売権を独占的に与える代りに、原告が被告に対し、実質的には被告のTPS装置の研究、開発費用に当てるために、契約金として一億五〇〇〇万円を支払う旨合意した。原告は、右契約に基づき、被告に対し、平成八年一〇月九日に一〇〇〇万円、同月二三日に八二五万円送金したのであって、右金員は、原告が被告に貸し付けたものではなく、被告が返還義務を負うものではなかった。

しかしながら、原告が契約金を手配することができなかったため、平成九年二月ころ、原告と被告とは右販売代理店契約を解約し、被告がTPS装置の商品開発を行い、原告が共同研究開発費を負担するという、共同事業についての合意をした。同月二八日以降原告から被告に送金された金員は、右合意に基づく共同研究開発費として支払われたものであり、原告が負担するものである。なお、同年三月一日付覚書における右金員の返還に関する記載及び被告の金銭借用証書は、原告の経理処理上の関係から、原告に頼まれて記載したものである。

平成一〇年一月一二日、原告から突如、TPS装置の共同事業契約を解約したいとの申出がなされ、それまで共同研究開発費として被告に交付された金員全額の返還を要求された。たとえ、原告、被告間の共同事業契約が解約されたとしても、それまでに費やされた共同研究開発費は当然原告が負担すべきであるところ、被告は、共同事業契約が解約された以上、共同研究開発費もすべて返還しなければならないと誤信して、本件特許を受ける権利を守るため、返還期間を延長してもらうために本件代物弁済契約を締結したのである。かかる誤信がなければ、被告は本件代物弁済契約を締結することはなかったし、原告もそのことは認識していた。

したがって、本件代物弁済契約締結に際し、被告に重要な要素の錯誤があったことは明白であり、本件代物弁済契約は錯誤により無効である。

(原告の反論)

原告が被告に交付した金員は、いずれも貸付金であり、被告の錯誤の主張は争う。

第三  争点に対する判断

一  前記第二、一の事実によると、平成八年七月ころから、原告と被告との間で、TPS装置の販売権に関して交渉がもたれるようになり、平成九年三月以降、原告、被告間には、被告が主にTPS装置の技術の開発を、原告が主にTPS装置の販売を担当するということで、原告と被告が、TPS装置に関して提携して業務を行う旨の合意が成立していた。そして、平成八年一〇月以降、原告から被告に交付された金員は、右合意の成立ないしはそのための交渉がなされていることを前提として、被告のTPS装置の研究、開発費用等に当てるために交付されたものと認めることはできる。

しかしながら、平成九年三月一日付覚書において、原告が被告に交付した金員については、業務提携の合意が存続中は、被告の売上からこれを返還し、右合意が解約された場合には一定期間内に全額を返還する旨の合意とをっている。また、その後、原告が被告に交付した金員全額については、これが被告の借入金であることを認める金銭借用証書が作成されている。さらに、平成九年九月一日付継続的技術提携契約の解約に関する原告、被告間の話し合いにおいても、被告に右金員の返済義務があることが当然の前提とされており(甲一〇)、本件代物弁済契約の契約書にも、被告に右金員の返済義務があることが明記されている。なお、右覚書の記載及び金銭借用証書が、原告の経理処理上作成されたものであると認めるに足る証拠はない。

一方、原告が、TPS装置の研究、開発費用を負担するという合意があったと認めるに足る証拠はない。また、右装置の研究、開発の結果、その発明につき権利を有するのはあくまでも被告であり、原告、被告間の業務提携の契約に基づき、被告は原告から、TPS装置に関する売上の純利益の半分を取得できることになっているのであり(甲八)、これに加えて、原告がTPS装置の研究、開発費用を負担しなければならないと認められるような事情はない。

二  以上によると、原告から被告に交付された金員については、原告、被告間の業務提携の契約が解約されたか否かにかかわらず、いずれも、被告は将来原告に返還すべき義務を負っていたと認められる。したがって、本件代物弁済契約の締結につき、被告に、被告が主張するような錯誤があったとは認められない。

三  以上のとおりであるから、主文のとおり判決する。

(裁判官 八木貴美子)

特許出願権目録

【特許出願中の特許を受ける権利の表示】

一 発明の名称 水中ボンブを利用しない温泉汲み上げ装置

出願番号 特願平七-三二四五八二

二 発明の名称 水中ボンブを利用しない温泉汲み上げ装置

出願番号 特願平八-三三三二五四

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